【ロシアン・マフィア】映画の題材にされる組織

映画

ロシアのマフィアが題材にされいる映画は、思っている以上に多い。

アメリカの裏社会で一定の影響力があるのは確かなようですが、映画では誇張され過ぎていて、それほどでないとも。世界の5大犯罪組織連合に連なっています。敵対構造を描きやすいのか、イタリアマフィアの描き方とはかなり違い、ただただ悪い組織の人たちです、人間像が描かれる事はあまりないように感じます。中国=悪者という感じはハリウッドではなくなりました。膨大な資金を投入して、アメリカの映画業界に関与を強め影響力を強めている成果です。

ロシアン・マフィアの起源は15世紀から16世紀頃に現れた反政府武装集団、または奴隷制時代の農奴だとも、さらにはロシア帝国時代の囚人ではないかとも言われているが今だはっきりと判明してはいない。

旧ソ連時代の社会主義を生き抜き、ペレストロイカによって、ブラックマーケットから自由市場経済の世界に伸し上がって来た。闇市場のブローカーから手を広げたロシアン・マフィアの主な活動は、小規模な組織なら恐喝、売春などを主に行う、逆に大規模な組織なら国営企業や民間企業の乗っ取り、薬物売買、マネーロンダリング、武器の密輸などを行う。

ロシア内務省の報告によると、組織の数は5600以上にも及び、構成員の数は10万人以上である。しかも今やロシアGNPの40%を、こうした犯罪組織が稼いでいるとも言われている。CIA(アメリカ中央情報局)などの調べによると、ロシア国外では約200もの組織が南北アメリカやイスラエル、東ヨーロッパおよび中央ヨーロッパを中心として全世界58カ国で活動している模様。

ギャングというのは、ある地域で非常に強いグループが他の地域でも常に強いわけではありません。世界的な犯罪者集団でもその力が及ぶのは自分たちの民族街のある所だけで、縄張りを外れたところで強がる、強がれるような人々ではない。

世界最大の犯罪者集団は中国系ギャングですが、「差別から身を守る自衛組織」以上のものではなく、日本にいる中国系犯罪者グループがヤクザと対等に争えるかといえば、そうではありません。その地域の犯罪組織になめられない程度に強ければいいのであり、たとえ武闘派であっても過剰な暴力は必要ないからです。

ロシアからアメリカに直接”移植”された第1世代こそ非常に危険な存在でしたが、アメリカ化するにつれて穏健化し、その子弟はかなり速いスピードでアメリカ主流白人社会に溶け込んでいきました。ロバート・I・フリードマンの「レッド・マフィア」は、2001年に出版され、ロシアのマフィアが米国とイスラエルにどのように浸透したかについての研究の傑作です。

ロシアの組織犯罪へのユダヤ人の関与(ユダヤ防衛同盟 JDL)についても指摘しています。 国家安全保障問題であることを米国とイスラエルに警告する役割を果たしまた。が、命を狙われることになります。2002年7月2日に51 歳で亡くなりました。インドで人身売買と性奴隷についての記事を書いているときに、病死とされていますが、詳細はわかりません。

アメリカにおいての「ロシアン・マフィア」は流入を始めた1970年代は驚異と思われましたが、2000~2010年代には白人マイノリティー・ギャングの一種として定着しただけでした。「ロシア人がイタリア人にとって代わる」といった類の脅威論は杞憂に終わります。競争相手にもなっていない状況です。

1991年のソ連崩壊後に国内外にあふれ出し、1990年代の混乱するロシアを象徴する存在となったいわゆる「ロシアン・マフィア」ですが、西ヨーロッパならともかく、一部のものが流れ着いた新天地アメリカでは強大な勢力になることはありませんでした。1970年代からニューヨーク中心にロシア・東欧系の犯罪者グループが活動していたものの、彼らは結局1990年代前半~中盤あたりが最盛期で、1995年の「ヤポンチク」イワンコフ逮捕あたりを境に衰退、移民第1・5世代、第2世代の時代にもなると暗黒街の表舞台からは消えていったのです。

マスメディアが喧伝する「強大なロシアン・マフィア」というのはロシア本国か、せいぜいその勢力の及ぶ旧ソ連圏、東欧、あるいは北欧、西欧あたりの話であり、アメリカにそういったものがあるというのは単なる幻想だと思われます。

アメリカでは北東部、中西部、南部、西部のいずれの地域の暗黒街でもロシア系ギャングの姿をまともに見ることはできません。もちろんこのことが物語るのは「ロシアン・マフィアは神秘的な犯罪組織」ではなく、「ロシアン・マフィアはアメリカでは大した力はない」ということです。

代表的なロシアン・マフィア

セルゲイ・ティモフェーエフ

セルゲイ・ティモフェーエフ(1955~1994)のシルヴェスターというあだ名は、彼が「ランボー」と「ロッキー」のファンであるところから来ている。モスクワ南部のオレホヴォ地区に拠点を置き、同市で最も影響力の強い犯罪集団を率いていた。

1990年代初め、彼のキャリアのピーク時には、30以上の銀行と同市のすべての市場を支配下に置き、その財産は数十億ルーブルと数えられた。元トラクター運転手で、頭が切れた。

ティモフェーエフはしばしば、「モスクワ犯罪界のCEO」と呼ばれた。90代の犯罪者の新世代に属し、「規律」や泥棒の仁義をせせら笑った。「彼は『規律』を受け入れなかった。彼には必要でなかったからだ」。元内務省の幹部で政治家、法律家のアレクサンドル・グーロフ氏は言う。

実際、「シルヴェスター」の「兵隊」は極めて暴力的で、躊躇せず子供を拷問したり殺したりした。

ティモフェーエフは非常に多くの敵を抱えていたので、誰が1994年9月13日に彼が乗っているベンツを爆破したのか不明だ。実は彼は、死を偽装し、金を持って高飛びした。そして、彼の後釜をめぐって他のマフィアたちが争うにまかせたという噂もあった。

ヴャチェスラーフ・キリーロヴィチ・イヴァニコーフ

Amazon Prime Videoで配信、Prime会員なら無料で見れます。「世界指名手配ファイル」で取り上げられているのが、ヴャチェスラーフ・キリーロヴィチ・イヴァニコーフ

古い世代のマフィア。1970年代に企業を恐喝した最初の犯罪者たちの一人だった。彼の権威は大変なもので、「オブシチャク」(犯罪者の共通基金)を管理していた。

有名なロシアン・マフィアであり、ロシアの国家情報機関と関係を持ち、犯罪活動を共謀していたと信じられている。ソビエト連邦とアメリカ合衆国の両方で活動した。ニックネームのヤポンチク(「日本人の坊や」の意味)は、顔立ちがいささか日本人を思わせたということから付いた。

イヴァニコフは1940年1月2日に、ソビエト連邦のグルジア共和国でロシア人の両親のもとに生まれ、モスクワで育った。

青年期はアマチュア・レスラーであったが、本人いわく「ある女性の名誉を守るため」としている、バーでの喧嘩によって初めての服役を経験した。釈放後は犯罪活動に手を染めるようになり、闇市で物品を売りさばいていた。後に組織犯罪に加わるようになり、警察の書類を偽造して家屋に侵入する強盗を行っていた。

1974年、ブトィルカ刑務所にて犯罪者仲間によって、「ボール・フ・ザコーネ」(規律ある泥棒)の称号を与えられた。

1982年には小火器や偽物、麻薬の密売の容疑で逮捕された。懲役14年を宣告されたが、1991年には釈放されており、これについては有力政治家の関与やロシア連邦最高裁判所の裁判官への賄賂によるものと言われている。

アメリカ合衆国への移動

1992年3月、10年近くの服役経験や、ロシアで最も凶暴で残虐な犯罪者との評価を受けつつも、アメリカ合衆国への移住が認められた。最高指導者が命令を下すコーザ・ノストラ等の暴力団とは異なり、イヴァニコーフは自ら出向いて強奪を行った。映画産業で働くという名目で、通常の就労ビザで渡米していた。

渡米の理由ははじめは明らかではなかった。ロシア内務省はアメリカ合衆国の連邦捜査局(FBI)に対して、イヴァニコフは米国におけるロシアン・マフィアの活動をまとめ、支配するために渡米したと伝えている。

しかし、ノヴォイェ・ルスコイェ・スロヴォイ紙の記者アレクサンドル・グラントが1994年に語ったところによると、ロシアでは「イヴァニコフの嗜好を尊重しない新しい犯罪組織」があるためにロシアは彼自身にとって危険すぎること、他方でアメリカ合衆国では犯罪活動の実績がないことが渡米の理由としている。

しかし、イヴァニコーフはアメリカ合衆国で犯罪活動を始めたことから、こうした見方は正しくないことがやがて明らかになっていった。その具体的な活動については諸説あるものの、ブライトン・ビーチを拠点とする彼の組織は100人程度の構成員をかかえ、ブルックリン随一のロシア系犯罪組織となっていた。しかし、系統的に暴力や買収を行ったり、裏社会を牛耳ったり、組織犯罪機構を作り上げようとした証拠は存在していない。

1995年6月、2人のロシア人実業家が運営する投資顧問業者から数百万円の依頼を受けて暗殺を実行したとしてFBIに逮捕され、1996年6月には2人の協力者と共に有罪判決を受けた。

取調べの中でイヴァニコーフは、FBIがロシア部門の重要性を主張するために、ロシアン・マフィアについての虚構を作り上げているとして非難した。更に、「ロシアは休みなき犯罪の温床」であり、その中核を担う犯罪者はクレムリンとロシア連邦保安庁であり、イヴァニコーフがロシアン・マフィアと称されるものの指導者であるとする考え方をばかげているとした。

ロシアへの帰国

2004年7月13日、1992年にモスクワのレストランで2人のトルコ人が殺害され後に騒動に発展した件に関して、殺人の容疑をかけられたため、ロシアに強制送還された。2005年7月18日に裁判官は容疑を認めず、同日に釈放された。警察官を含む証人たちは、被告を見た覚えはないと証言している。

タブロイド紙ソヴェルシェンノ・セクレトノの主力犯罪記者ラリサ・キスリンスカヤは、イヴァニコフが有力者とみなされるのは刑務所内だけのことであり、自由の身では敬意を得ることはないだろう、との見方を示した。

2009年の暗殺

2009年7月28日、モスクワの時間で19時20分ごろ、イヴァニコーフはモスクワのホロシェフスコエ通りのレストランを去る際に銃撃を受けた。近くの駐車場から狙撃銃が捨てられているのが見つかった。これによって2009年10月9日に死去し、10月13日にモスクワで葬儀が行われた。

アスラン・ウソヤン

2000年代後半〜2010年代初めにロシアの犯罪界を支配したのは、アスラン・ウソヤン(1937~2013)だったと考えている。「イヴァニコーフ(ヤポンチク)を実権をもたぬ象徴に変えた」と彼が暗殺の首謀者の一人と考えられている。

グルジア(ジョージア)出身のクルド人で、「規律ある泥棒」(組織のボス)たちの間での評判はいかがわしかった。多くの者が彼を、「規律」に従わず勝手気まますぎると考えていた。ライバルたちを残酷な抗争の仕方で打ち負かしていく。

「例えば、オガノフ兄弟が支配しているビジネスを奪い取るために、約150人が殺されている」

敵同士を争わせ「分割統治」するという手法を成功させていった。高齢にもかかわらず、引退する気はさらさらないことを示しており、実際、引退はしなかった。2013年に狙撃により亡くなる。wikiより。

ロシアン・マフィアが登場する映画

「レッドブル」(1988) シュワルツェネッガー

1988年のアメリカ映画。主演アーノルド・シュワルツェネッガー、ジェームズ・ベルーシ。アメリカ映画として初めて、モスクワ市内および赤の広場でのロケを許可された作品である(ただし、アクション・シーンはブダペストやオーストリアで撮影されている)。監督は『48時間』シリーズのウォルター・ヒル。

マフィアのヴィクトル・ロスタは道義や倫理という概念がない冷酷な殺し屋。スペツナズナイフを使用する。

冷戦の最中、イワン・ダンコ大尉たちモスクワ市警は、ロシアン・マフィアにおける麻薬市場を牛耳るグルジア人のビクトル・ロスタの摘発作戦を実行するが、作戦は失敗し複数の警官を殺害されビクトルを取り逃がしてしまう。

アメリカへ逃亡したビクトルは地元ギャング団との麻薬取引を始めようとするが、偶然職務質問を受けて逮捕されると、連絡を受けたモスクワ市警からダンコ大尉がビクトルの身柄引渡しを受けにギャングの街シカゴを訪れる。

「トレーニング デイ」「イコライザー」デンゼル・ワシントン

デンゼル・ワシントンが、アカデミー賞主演男優賞受賞作「トレーニング デイ」(2001年)とサスペンスアクション「イコライザー」(2014年)の2作品が有名です。両作品ともアントワン・フークア監督です。

「トレーニング デイ」は悪徳警官の話ですね。ロシアンマフィアは間接的な設定なっています。「イコライザー」は元凄腕の特殊工作員、引退して静かな生活を送っているところに、ロシアンマフィアとのアクションを繰り広げる作品。こちらは直接的です。

「トレーニング デイ」のときはデンゼルは47歳です。「イコライザー」は60歳ですので、印象がかなり違います。

「イコライザー」は、昼はホームセンターの従業員として働くマッコールが、深夜のカフェで出会った娼婦を救ったことにより、社会の平穏を保つために悪を抹殺する“イコライザー”として目覚め、闇の仕事請負人として活躍する姿を描く。報復を果たすべくマッコールに迫るロシアンマフィアのヒットマンとの壮絶な対決が見どころ。

「ジョン・ウィック」キアヌ・リーブス

ジョンは、凄腕の殺し屋だった。引退して亡くなった妻を思い、穏やかな暮らしを送っていた。偶然なことにガソリンで絡まれて、それが原因で、亡き妻との思いであるが犬を殺され、大事な車を盗まれてしまう。揉めた若いチンピラグループは、

ニューヨークを拠点に大勢力を築くロシアンマフィア「タラソフファミリー」のボスであるヴィゴ・タラソフの息子、ヨセフが率いるグループだった。実はジョンは元々タラソフファミリーの暗殺者であり、組織の現在の繁栄もジョンの活躍に依るところが大きかった。

そのため、その実力と恐ろしさを知るヴィゴは息子の失態を知って、すぐにジョンに交渉と説得を試みるものの、無言で電話を切られる。仕方なく手下達にジョンの家を襲撃させるが、ヴィゴの予想通り、彼は全員を返り討ちにする。ヴィゴは懸賞金200万ドルでジョンの暗殺を殺し屋達に公示し、ジョンの親友であり、ヴィゴと旧知の仲でもある狙撃を専門とする殺し屋マーカスにも声をかける。

 

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