アンドリュー・ワイエス アメリカの国民的画家

芸術

主に水彩絵の具やテンペラで作品で描き、素描も膨大に残されています。ワイエスは自宅のあるペンシルベニア州チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン州クッシングの2つの場所で、風景や人物を描いています。メーン州では”衰え朽ちる”物事に興味を抱き、チャッズ・フォードでは”大地に潜むしっかりとした土台”に魅力を感じたという旨の言葉を残しており、それぞれの地で徹底した観察による描写を行いました。日本でもたびたび展覧会が開かれ人気が高い画家です。

【クリスティーナの世界】

1948年ニューヨーク近代美術館によって買い上げられたことでワイエスを一躍有名にさせた出世作。クリスティーナはモデルの名前で、手足が不自由でした。ワイエスはこの作品で彼女の人生にある悲劇と喜びの2面性を捉えたいと考えていました。広大な野原、遠くに見える家、そこへ向かおうとしているクリスティーナ。孤独でありながらもしっかりと前を向き体を乗り出している姿からは強い意志をも感じます。

描かれている女性は、アンナ・クリスティーナ・オルソン(1893年5月3日 – 1968年1月27日)。彼女はシャルコー・マリー・トゥース病に罹り、下半身が麻痺していました。ワイエスは家の窓から草原の向こうを這っているクリスティーナを見て、創作意欲を掻き立てられた。1953年にアルフレッド・バーに宛てた書簡で、ワイエスは「大部分の人が絶望に陥るような境遇にあって、驚異的な克服を見せる彼女の姿を正しく伝えることが私の挑戦だった。」と書いている。ワイエスはこの地に夏の別荘を所有しており、オルソンと親しくなって1940年から1968年にかけて彼女や彼女の弟をモデルに絵を描いた。オルソンはこの作品の創作欲を刺激し、題材となった人物ではあるが全身がこの絵のモデルとなったのではない。描かれた胴部はワイエスの妻ベッツィがモデルを務めた。ワイエスがこれを描いた当時、オルソンはすでに55歳だった

1948年にNYマンハッタンのマクベス・ギャラリーで初公開された。当時は批評家からは殆ど注目されなかったが、MoMAの初代館長アルフレッド・バーが1,800ドルで買い取った。バーは絵をMoMAの呼び物にし、その人気は年月とともに徐々に高まっていった。今日、この作品はアメリカ美術の象徴と見なされ、外部に貸し出されることは稀である

 

 

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