イーディス・ヘッド ガラスの天井を破ったデザイナー

芸術

本名 Edith Claire Posener 1897年10月28日-1981年10月24日(83歳没)

カリフォルニア州サンバーナーディーノ出身。

彼女のいた時代のハリウッドは保守的で、女性の活躍が許されなかった。彼女が全盛期だった時代に映画の舞台裏で働いていた数少ない女性の1人で、人々から尊敬を集め、その仕事ぶりも賞賛されていた人物。

イーディスはそもそもが先駆的な人間で、反抗的なスタイルと、高い野心で有名だった人。1930〜40年代当時、衣装デザインの世界は未だに男性が支配していたから、’30年代の終わりにパラマウントが彼女をコスチューム・デザイン部門のトップに指名した時、それは業界初の快挙だった。

語学の教師だったが、最初の結婚(1923年)を機に退職。衣装デザインに興味を覚え、アートスクールに通っている時にパラマウント社がスケッチ・アーティストを募集していることを知った。まだまともにデッサンを描けなかった彼女は友人の作品を買い取り、面接を受けて合格。アシスタントとして働きながらスクールにも通っていたという。

1920年代当時、映画全盛期のハリウッド映画において、女優の衣裳はきらびやかに飾り立てた華美なもの、という考えが主流であった。しかし彼女は、映画衣裳の世界に初めてシンプルな美しさとファッションセンスを持ち込んだ。1981年に死去するまで58年間にわたりハリウッドの衣裳デザインの第一人者であり続けた。

ドイツ系ユダヤ人。カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学の大学院を卒業後、フランス語の教師をしつつ、夜学で美術学校や美術大学に通っていたが、パラマウントの映画衣裳デザイナーの募集を知り退職する。ファッションデザインの経験がないのに、彼女は友人が描いてくれたデザイン画を持って面接へ行き、ようやくパラマウントの衣裳部門に勤めることができるようになる。

駆け出しの頃は、セシル・B・デミル制作の映画作品での衣裳の仕事が多く、当時は「アイデアに困ると、何でも金ピカにしたり鳥の羽を付けるとデミルは喜んだ」という。

『ローマの休日』(1953年)のアン王女役の衣裳や、『麗しのサブリナ』(1954年)のサブリナ役の衣裳などは、主演のオードリー・ヘプバーンの可憐さを際立たせ、彼女の女優としてのイメージを決定付けることとなった(サブリナがパリから帰国するシーンから後半はジバンシーが担当)。

アルフレッド・ヒッチコック監督はイーディスのデザインセンスを大いに気に入り、『裏窓』(1954)以降ほとんどの映画作品の衣裳を任せた。クール・ビューティな女優グレース・ケリーのセクシーな魅力を余すところなく引き出すために、彼女はこの仕事に全精力を傾けたという。彼女は、デザイナーとして自分の理想的女優であったグレースを生涯気に入った。

グレースとモナコ公国の大公レーニエ3世との結婚の際には、ウェディングドレスをデザインすることを望んだが、自らがグレースが所属したメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の所属ではなかったためとりあえずあきらめ、それでも「費用はこちら持ちでいいから、せめて外出着をデザインさせてほしい」と衣裳のデザインを熱望、その希望は叶えられた。

グレースが大公とハネムーンに出かける際に、イーディスのデザインしたスーツと長手袋を身に着けているのをニュース映像で見たとき、彼女は喜びの涙にくれたという。

女優のエリザベス・テイラーは、自分のスタイルにずっとコンプレックスを持っていたが、イーディスがデザインしたドレスで、初めてそれを忘れられたとイーディスに感謝した。

女優のスタイルの弱点を見事にフォローする手腕が映画界で広く知られるようになり、当時の人気女優らは映画出演の契約の際にイーディスが衣裳担当であることを知るや、是非に「撮影終了後にイーディスがデザインした衣裳をもらえること」を契約条件に加える者も多かった。

後年、映画という媒体を通して自分のデザインが一般の女性に流行として取り入れられていくようになると、「私は流行を作り出したいのではない。ただ、女優たちの美しさを引き出したいだけ」と語った。

自分が古いタイプのデザイナーであることも自覚しており、1960年代に大流行したミニスカートが気に入らなかった。ただ一度、脚線の美しい女優ナタリー・ウッドのために短いスカートの衣裳をデザインする。それが最初で最後である。

アカデミー衣裳デザイン賞を8回受賞、ノミネートは35回に及んだ大物スタッフであった。

映画やテレビにわずかではあるが顔出し出演したことがある。『刑事コロンボ』の『偶像のレクイエム』(1973年)では本人役として短いシーンに出演したが、その際に彼女が獲得したオスカーが机の上に飾られていた。

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