決断も撤退戦もできない日本 本格的没落は不可避?

社会考察

織田信長はすごいところは、生涯自分の成功体験に学ばなっかた事と撤退戦が巧みだったところ。

信長が小兵で奇襲戦をやったのは今川の大群を倒した一度だけ。以降は自分の兵力が相手を圧倒した時しか、大合戦をしなかった。

また戦略の読みの甘さでピンチを迎えたとき、メンツにこだわらず、鮮やかな撤退戦をやってのけた。これはムラ社会型のリーダーが最も苦手とする資質である。昭和の陸海軍の失敗も、現下の日本経済のつまずきもそのせいでといえないこともない。

インテルは1970年代の半導体事業のトップ企業で、シリコンバレーのヒーローだった。ところが主力のメモリーチップが、日本の品質とコストダウンの大攻勢を受け、完璧に打ちのめされた。そこから血みどろの撤退戦が始まる。

メモリーチップを未練気もなく捨て、頭脳をもった半導体マイクロプロセッサーの開発と市場拡大に一点集中した。アンディ・グローヴの決断が光る。インテルはマイクロソフトとならんで、コンピューター産業の覇者になった。

組織のユニークさは、常に『知の力』を『地位の力』の上位に置くところ。規律は厳しいが、ピラミッド型ではない。最も目的のために手段を選ばない過剰な攻撃性と、ご用済みの社員を平気で捨てるドライさを嫌う人も多い。

過去の日本の企業人には、終身雇用と年功序列を守り、かつベンチャー精神を失わない名門大企業3M社のほうが参考になるかもしれない。1人の天才より100人の凡人の知恵工夫という企業哲学が年間500の新製品を世に送出す。経営の基本は、社員のやる気の掌握につきる。最も3Mとインテルには一つの共通認識がある。

オンザジョブ・トレーニングを過信しないこと。世変わり時代に『まだ見えぬものを見る』訓練は、オンザジョブ・トレーニングでできるわけがない。

$Pretty Girl [KARA]を聞きながら

 

「撤退」も大事な戦略

『撤退に異常な意味をもたせてしまう何かが、この国(の文化)にはある。』日本人は罪ではなく「恥」に重きをおくようなところがあります。

ある政府系金融機関、融資担当者は『「福井は浄土真宗の盛んな土地柄で、人様にご迷惑をかけるのを一番恥とする。歯をくいしばってでも事業継続、借入返済を一番に考える事業主が多い。大いに貸付けてもよい」と東京の本部から言われているんですよ』。

暗に最後はすべてを差し出しても弁済する・・・ともとれる。

これから日本は没落を本格化させる。自動車業界はEV対応できず、おそらく中国が覇権を握り、家電業界のように消滅する企業も出てくるだろう。第一次石油ショック、ニクソンショックなどの不況とは意味合いが違います。「ガンバロー!!」の精神論などではとても乗り切れない。

いろいろな補助や支援で命脈をつないできた企業が退場を迫られることになり、否応なく産業構造の転換が起きる。最後は「竹ヤリ」で国を守ろうとまで真剣に考えた「太平洋戦争」、精神論がいかに悲劇を長引かせたか、と暗澹とした気持になる。

戦後早々のベビーブームによる人口増というプレゼントで、高度経済成長(1955年~1972年)を経て、Japan As No. 1と世界から持て囃され、バブル経済を謳歌した。日本史上空前の膨張社会となるなか、少子化と高齢化が広がり、あっという間に、縮退社会となった。実態は縮退時代に入っていたのに、意識はバブル時代がつづいた。

膨張したオーバースペックの社会から、適正人口に戻った社会に戻していくことが縮退社会の論点になっていたにもかかわらず、伸びきった斜陽市場・事業に予算をつけつづけた。

なぜそうしたのか?いったんついた予算は死守しなければと損だという思いと縮めることはネガティブと考える価値観が思考停止させた。これら価値観が縮退を難しくした。

「断捨離」 を全国民で行う必要がある。捨てるべきものは捨て、残すべきものを活かす。縮退社会を悲観的に捉えるのではなく、受け入れてしまえば、以外に楽しいかもしれない。

 

社会考察
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