ルース・ベイダー・ギンズバーグ 米最高裁判事

人物

世界で最も影響力のある女性だったことは間違いありません。人気も非常にありました。

ルース・ベイダー・ギンズバーグ「RBG」。少数派意見を代弁し、丁寧な手法で社会に変革を仕掛け続ける彼女には尊敬を抱く人たちは多かった。

1993年、史上2人目の女性最高裁判所判事に指名されたルースは、男子大学の女性排除、男女の賃金格差、投票法の撤廃など、誰もが平等に生きられる世界の実現に向け、数多くの社会問題に果敢に切り込んできた。

1993年にビル・クリントン大統領に指名されてから死去するまで27年間にわたって連邦最高裁判事(陪席判事)の座にあり、特に性差別の撤廃などを求めるリベラル派判事の代表的存在としてアメリカで大きな影響力を持った。最後はトランプ大統領との死闘ともいえる戦いだった。失言を攻撃されてしまい、力尽きてしまう。彼女はヒラリーが大統領になるものとばかり思っていた。

ニューヨーク市ブルックリン生まれ。父親はオデッサ出身のユダヤ系ウクライナ人移民で、母親はユダヤ系オーストリア人移民の子だった。幼いときに姉をガンで亡くし、大学進学直前に母親もガンで亡くなっている。

怒りに駆られて話すなという母親のアドバイスは、徹底的に準備するという法律家としての彼女のスタイルに影響を与えている。理路整然としていて、控えめであるが、知性的で静かな力強さがある。

コーネル大学に進学。夫となるマーティン・ギンズバーグと出会い、卒業と同時結婚している。

1955年、娘が生まれる。1956年、夫マーティンも在籍するハーバード大学ロースクールへ進学。このとき500人超の全学生数に対して女子学生は9人だった。

彼女の若き日を描いた自伝映画『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年)では、ハーバード大学ロースクールに入学し、入学者歓迎会での学部長の言葉に衝撃を受けた。

「男子の席を奪ってまで入学した理由を話してくれ」

500人の新入生のうち女性はわずか9人。大学に女子トイレすらなかった。首席で卒業したが、就職は困難で、女性とわかった瞬間に落とされることも多かった、と性差による苦難を描いている。

コロンビア大学のロースクールに編入しているが、ハーバードのロースクールに残った夫マーティンが癌を発症する。看病と生まれたばかりの幼子を抱えて、優秀な成績でコロンビア大学の法学位を得ている。

30歳という若さでラトガース大学ロースクールの教授になり、同時に「女性の権利プロジェクト」を立ち上げた。並外れた努力で性差別に苦しむ人々の裁判を担当し、彼女は数多くの声なき声に寄り添い光を当てた。時には、当時としては型破りな「専業主夫の権利」を主張するなどして、世の中の偏見と差別を浮き彫りにし、社会を変えていった。

1993年、クリントン大統領の在任時に連邦最高裁のバイロン・ホワイト判事が辞任し、その後任として推薦される。女性の権利には進歩派で、妊娠中絶の禁止が女性を差別するものだとしてロー対ウェイド事件判決を支持していた。

  • ロー対ウェイド事件

    ロー判決と呼ばれ、アメリカ合衆国の歴史上、最も政治論争の対象となっている判例の一つ。

    「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定は、プライバシー権に含まれる」として、アメリカ合衆国憲法修正第14条が女性の堕胎の権利を保障していると初めて判示し、人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法を違憲無効とした1973年のアメリカ合衆国最高裁判所の判決である。

    妊娠中絶を、アメリカ合衆国憲法により保障された権利として、堕胎禁止を違憲とした判決(ロー判決)は、アメリカ合衆国の法律および政治・社会に多大な影響を及ぼした。中絶を合法化すべきか、憲法裁判における最高裁の役割、政治における宗教のあり方など、判決は様々な分野で大きな議論を巻き起こした。

中絶に関しては進歩派だが、刑事事件などでは、保守的な判決を下していたため、共和党議員が支持しやすいと判断された。共和党の反対は少なかった。女性として二人目、1969年にフォータス判事が辞任して以来はじめてのユダヤ系最高裁判事となった。

2009年に膵臓がんと診断されたが引退せず執務を継続。2018年12月には85歳で転倒事故に遭い、肋骨を3本折る重傷を負ったが、その治療の際に肺の悪性腫瘍も発見され、緊急の摘出手術を受け、2019年2月に復帰。その後も入退院を繰り返しながら執務を続けた。

連邦最高裁判事9人。トランプ大統領が就任直後にニール・ゴーサッチ判事を指名し、さらに2018年にブレット・カバノー判事を指名したことによって、保守派が5人、進歩派(リベラル派)が4人となって逆転している。

進歩派判事の代表と目されていた彼女は、もともと2016年の大統領選挙の後も執務を継続する意向を示していたが、自身が引退すればトランプ大統領によって保守派の判事が新たに任命され、連邦最高裁の保守化がさらに進むことを強く危惧するようになったと言われている。

彼女はトランプが大統領になるとは思っていなかったし、ヒラリー寄りの発言をして攻撃を受けている。ヒラリーの著書の中で「わたしが勝利していたら、彼女は気持ちよく引退していたかもしれない」と述べている。

2020年9月18日、大統領選挙投票日の約1ヶ月半前に亡くなる。共和党・民主党の間では、大統領選挙が行われる年に連邦最高裁判事に欠員が出たとしても、選挙結果が判明するまで新たな判事の指名は見送るとする不文律もあったが、トランプ大統領は無視、次の判事を指名する。

保守派のエイミー・コニー・バレットを後任として指名し、上院司法委員会は大統領選挙投票前の10月26日にバレットを52対48の僅差で承認。これで最高裁判事の構成は、保守派6人、リベラル派3人。慣例を無視しての指名には、共和党保守派による働きかけがあったといわれている。

保守化し最高裁やトランプ大統領と戦うリベラルの象徴としてアイコン化されていった。一般メディアの取材にも応じることから、多くの女性から指示を受けて、動向が注目されていた。

彼女は結婚と出産をしており、フェミニストとは立場が違う。伝統的な妻や母の役割を引き受けながら、アメリカ社会にはびこる、無意識のうちに「性差」を前提にした社会体制(法も慣習も)の歪さを正すことに挑んでいった。男対女という二項対立ではなく、どう不平等と向き合っていくかが重要と解く。

「あなたの大切な人のために、闘ってください。でも、独りよがりならず、他の人も参加できるようにしておくの」自伝映画『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年)

 

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