【暴走族】アーリーキャッツと川崎宮軍団。

社会考察

全国的なニュースでも取り上げられていますが、最近、川崎の暴走族が摘発を受けています。

どちらかというと川崎の暴走族は、北部が盛んだった印象なんですよね。

私の住んでいる地域は、南部の川崎区なんで、昔からそれほど活発に活動している感じはなかったです。警察の取締と暴力団の鎮圧が行なわれたようなことは、叔父さんから聞いた覚えがあります。少なくとも川崎市川崎区では、80年代後半から90年代は、まとも活動はできなかったじゃないかな。

今活動している「川崎宮軍団」リーダーは43歳です。いい歳して、ばか丸出しの迷惑行為ですが、コスプレ感覚なんでしょうか?旧車會という存在が取締の対象から外れているようですし、図に乗ったんのかな。

ツイッターやフェイスブックで、かなりの情報をオープンにします。河川敷の大規模バーベキューを開催したり、サークル感覚だったでしょう。よく河川敷のバーベキューが騒音やゴミの問題になってニュースになりますが、こいつからか、と納得です。疑問が晴れました。

よくない噂も聞きます。川崎を縄張りにする暴力団は「稲川会・山川一家」です。対立している東京の暴力団「住吉会」が接触していることが囁かれています。川崎から追い出された暴力団(二率会、東京は住吉、神奈川は稲川に吸収)の怨念もありますし、一筋縄にはいきません。

川崎宮軍団

神奈川県川崎市で、バイクに乗り、暴走行為を繰り返したとして、暴走族のメンバーら少年15人が検挙された。リーダーの少年の18歳の誕生日に合わせて、「今回で引退だ」などと言って集まっていたという。

検挙されたのは、暴走族「ワイルドソウル」「ワイルドソウル若竜会」「YTM44」「044スタイル」のメンバーら少年15人。 調べによると15人は、2021年9月25日午後9時半ごろ、川崎市高津区から宮前区にかけて、およそ5.6キロに渡り、信号無視や、蛇行運転、反対車線にまで広がって走行するなど、バイクで暴走行為を繰り返した疑いが持たれている。 神奈川県暴走族対策室によると、検挙された15人のリーダーが、自分の18歳の誕生日を迎える前にSNSなどを通じて、「今回で引退だ」などと言って仲間を集めたという。暴走族のメンバーが、誕生日を”記念”して、暴走行為を行うことは珍しくないという。

警が暴走行為を撮影した動画でも、リーダーの少年が乗っているバイクの背もたれに、誕生日を祝うためとみられる花束が、積まれているのが確認できる。 調べに対してリーダーの少年は「誕生日を祝ってもらう走りだった。一生の思い出に残るバースデーだった」と容疑を認めている。さらには、「パトカーと鬼ごっこすることを“おまわり”と呼んで、わざとパトカーの前で暴走した」とも話している。

また、別の少年は「俺が昭和の時代に生まれていたら、鉄パイプや金属バットを持って、本当の暴走族になりたかった」と話しているという。 この日、暴走行為に参加した少年たちのグループは、神奈川県最大の暴走族として、県警が取り締まりを強化している「川崎宮軍団」の傘下に入っているという。2022/11/22

神奈川最大の暴走族「川崎宮軍団」 リーダーの男(43)を暴走行為で逮捕

神奈川県で最大規模の暴走族のリーダーが、バイク約100台の集団で暴走行為をしたとして逮捕されました。道路交通法違反の疑いで逮捕されたのは、神奈川県で最大規模の暴走族「川崎宮軍団」のリーダー藤井敏容疑者(43)です。

逮捕容疑は、脅迫と道交法違反ですが、脅迫は不起訴処分となっています。横須賀市在住の専門学校生(18)と会社員の男性(18)の2人にトラブルを解決する代わりに、強要して暴走族に加入させたほか、専門学校生がSNSを無視したことに腹を立て「探し出して捕まえるのは簡単だから」などとメッセージを送り脅迫した件。オートバイなど集団で妨害行為をしたなどとして道交法違反の罪は、略式起訴。2022/06/22

アーリーキャッツ

川崎の暴走族といえば、アーリーキャッツです。

私が小学校低学年の頃まで、活動していた記憶があります。ガソリンスタンドで喧嘩をしていたり、祭りテキ屋のまとめ役のヤクザのおっちゃんに、挨拶をしていた記憶がぼんやりあるかな。

いかにも喧嘩が強そうな、いかつい風貌、リーゼンパーマで恐ろしかったです。記憶に残っている理由に、フジテレビの暴走族特集で、モザイクがかかってましたが、しっかり取り上げられました。「ちゃんと学校に通って、生徒会活動してやがんのかよ。」とそんな感想を抱く内容でした。橘高校だったかな。

その前の世代、70年代のアーリーキャッツは、異彩を放つ暴走族として、名を轟かせていました。もともと走り屋チームでした。川崎区は、産業道路を挟んで港湾エリアがあります。法律の関係で、道交法から港湾法が適用される地域があり、そこに逃げ込むと当時の警察は取締ができませんでした。

そこに簡易的なレース場とか、四輪車がドリフトをしている光景がありました。暴走族の集会ではなく、テクニックを競ったり、改造バイクの見せ合う感じです。ギャラリーもいっぱいいて、今の大黒ふ頭のパーキングですね。

夜釣りに連れて行ってもらったので、週末はお祭りみたいでした。釣り目的のおっちゃんたちは「取り締まれ!」と怒ってましたね。夜釣りも人口も多かったんです。いい時代でした。

今は漁業権とか言い出して、勝手にはできないのかな?いかないほうがいいと思います。治安も悪いし、外国人が生活かかってやっていますから、危険かもしれません。

アーリーキャッツも走り屋のチームから、攻撃的な喧嘩暴走族に変容します。何がきっかけか調べましたが、ちょっとわかりませんでした。高津区とか北部の方では、横浜との境が曖昧ですから、いざこざが頻繁に発展していたようです。

川崎区は東京は多摩川、横浜は鶴見川の境界線がはっきりしてます。ちょっと緊張するんですよね。今でも仕事で毎日、東京・横浜に通勤でも川を越えると意識します。コンプレックスかな?東京も横浜もバカにしてますからね。完全に下に見てます。いまでも。

アーリーキャッツは数多くの事件を起こします。1975年06月08日 – 暴走族600人が七里ヶ浜で乱闘

1974年01月05日。神奈川県の東名高速道路海老名サービスエリアで、神奈川県の暴走族「アーリーキャッツ」300人が対立していた東京狛江の暴走族「ヒットラー」を襲おうとしていたところ、偶然来合わせたほかの暴走族と火炎ビン、鉄パイプ、日本刀で大乱闘となった。この前には川崎市で乗用車を対立グループと間違えてショットガンで窓を撃ち抜いている。

高津区の方では、総長が摘発されたことに端を発し、暴動になる事件がありました。奪還作戦?今の感覚では信じられないです。警察高津署をとりかこみ、機動隊と衝突がありました。

きりがありませんが、これだけ暴れると治安を管理する表の組織、裏の組織も、さすがに黙っていません。警察、学校関係者、暴力団も巻き込んでの「アーリーキャッツ壊滅作戦」が行われました。叔父の話だと学校でも、不良たちに事情聴衆が行なわれ、メンバーの特定作業があったみたいです。

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