『ヒトラーのための虐殺会議』ヴァンゼー会議

映画

単館上映ですので、配信を待つのもいいかも知れません。映画館で見る必要性はなかった。たまたま時間があったので見ましたけど。

淡々と「ハーフとクウォーターどうする?」。会議の中では異議を唱える人もいるが、ユダヤ人擁護の視点ではない、殺害する側のドイツ兵のメンタルを配慮している。人間ではない感覚ですから、殺すことをは決定していて、それをどう効率良く行うか。

殺戮のシーンはがないけど、恐ろしい。

会議は議事録はあるものの結論をまとめたものなので、参加者の詳細な発言を記録していない。発言と議論の流れは想像でしかない。

会議に参加した高官の中で、ハイドリヒとアイヒマン、内務省次官ヴィルヘルム・シュトゥッカートと首相官房局長フリードリヒ・ヴィルヘルム・クリツィンガーの4人が重要人物。

権力・権益の官僚的な会議だが、その目的はホロコーストである。

ハイドリヒは親衛隊の権限を要求する。アイヒマンが注目を浴びるのは、ガス室の計画を明らかにする場面。対立軸は、内務省次官シュトゥッカートは、「混血児」や「異人種間結婚」に関して、現行法をねじ曲げてユダヤ人の定義を拡大しようとする提案を拒絶する。もちろん人道的な配慮ではない。内務省の権限を侵害する提案を受け入れることはできない。首相官房局長クリツィンガーも親衛隊の権限強化に、抵抗を示す。

ハイドリヒ(親衛隊)とアイヒマン(ゲシュタポ秘密警察)

シュトゥッカート(内務省次官)とクリツィンガー(首相官房局長)

の対立構図だが、ハイドリヒが個別に脅しをかけて屈服させていく。

ハイドリヒとアイスマン

ハイドリヒは、ヒムラーに継ぐ実力者だったが、ユダヤ人問題の最終的解決計画の実質的な推進者。チェコで暗殺される。アイヒマンは、戦後アルゼンチンで捕まり、イスラエルで裁判にかけられて絞首刑になっている。この2人は、多くの映画の題材にされている。

フリードリッヒ ヴィルヘルム クリツィンガー首相官房局長

ハンス・ラマースの下で国家首相府の副長官を務めていました。ヴァンゼー会議でラマーズの代表を務めた。会議でホロコーストの計画に公然と反対したといわれる。

会見後、辞任を申し入れたが、辞任は認められなかった。 戦後も、ニュルンベルク戦争犯罪裁判で、彼はナチス政権の犯罪を恥じていることを公然と認めた数少ない高官の一人でした. クリッツィンガーは 1946 年に無罪となった。翌年に死亡した 。モサドの関与はわからない。

ヴィルヘルム・シュトゥッカート内務省次官

もともと突撃隊(SA)だった。この会議ではハイドリヒに対立しているが、親衛隊の親玉のヒムラーよりになる。戦後ニュルンベルク継続裁判の一つ大臣裁判にかけられた。

懲役3年10カ月の判決を受けたが、すでにそれ以上の期間拘留されていたので判決後に釈放された。1953年10月にハノーファーの近くで「交通事故」にあって死亡した。モサドによる暗殺だったといわれる。

  • 突撃隊(SA)はプロレタリア出身者が占め、ナチスの軍事組織として第二革命を実行し、国防軍に取って代わろうとしていた。 

    親衛隊(SS)はまったく異なり、はじめからナチスの諸組織の中で、一種の貴族階級、人種的にも特別に選び抜かれた部隊と考えられていた。 その基準は、1800年までにさかのぼる血統証明が必要だった。

    突撃隊はエルンスト・レームが仕切っていたが、ヒトラーと路線対立。「長いナイフの夜」事件でレームも突撃隊も粛正をされることに。

 

 

 

映画
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました