私は血液の病気、T細胞リンパ腫を患っていますので、献血はできませんが、逆にお世話になる立場です。輸血というと事故や手術での場面が想像されると思いますが、抗癌剤による白血球の低下で非常によく利用される医療です。
血液が足りないと困る人がたくさんいると思いますので、是非お願いします。研究段階ですが、献血にも利点があるようです。
ニクラス・ブレンボー分子生物学者は、「長生きしたければサプリを飲むより、献血に行ったほうがいい」デンマークの分子生物学者がそう勧める理由「鉄分」は定期的に排出したほうがいいと提唱しています。
分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「多くの栄養素は多少過剰に摂取しても体が調節するが、中にはできないものもある。たとえば鉄分濃度を下げるためには献血も有効だ」という。ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)
若返りには「注入」ではなく「排出」が重要だった
若い血液の何が、老いたマウスを若返らせるのかを突き止めようとしている。それが血球でないことはわかっているので、おそらく何らかの水溶性タンパク質だろう。
運がよければ、原因になっている1個から数個のタンパク質を突き止めることができるかもしれない。運が悪ければ、あらゆるものがあらゆるものに影響するという生物学的迷宮にはまり込む。そうなったら物質を絞り込むより血漿の投与に留めるのが得策だ。現在、この二つのアプローチによる臨床試験が進められている。いくつかは結論を導き出し、結果を発表した。
ある研究では、アルツハイマー患者に若者の血漿を投与した。果たして結果は……効果なし。
若い血液の研究は今も続いているが、新しい研究結果は、若返り効果の原因について疑問を投げかける。若い血液に「アンチエイジング要素」と呼べる若さを保つ分子が含まれている可能性はあるが、古い血液の組成の方がもっと重要であることが判明した。老いたマウスを若返らせるのに、若い血液と入れ替える必要はないことが複数の研究によって明らかになったのである。
実験では、老いたマウスから少量の血液を抜き、代わりに少々のタンパク質を含む生理食塩水を注入しただけでマウスは同じように若返った。この事実から、重要なのは何を加えるかではなく何を取り除くかであることがわかる。古い血液には、マウスの負担になる「老化促進因子」が含まれ、それを取り除くことが有益だったのだ。
献血する人ほど長生きする理由
面白いことに、人間でもよく似た自然実験が行われている。それは献血である。
一般的な献血では、およそ半リットルの血液を失う。当初、体は失った血液の「量」を体内の水分で回復し、その後の数週間で血球やさまざまな「成分」を補充する。これが意味するのは、献血者が生理食塩水を注入された老いたマウスと似たような経験をするということだ。
もし時々少量の血液を抜くことに何らかの延命効果があるのなら、その効果は献血者に見られるはずだ。デンマークで行われたある研究では、まさにこの効果を調べ、ある事実を発見した。
継続的に献血する人は、献血しない人々より長生きするのだ。献血者は献血を始める前から基本的に健康だったということを計算に入れても効果は持続する。さらに興味深いことに、献血をすればするほど延命効果は高まる。確かに、それほど大々的な効果があるわけではなく、永遠に生きられるわけではない。それでも、献血自体、良いことなので、検討する価値はあるだろう。
アルツハイマー病患者の脳には鉄分が多い
献血による健康効果は、一つの可能性は、ホルミシス効果。
半リットルの血液を失うことは体にとってストレスであり、人間がそれに対処できるように進化してきたことは容易に想像できる。今日、血液を失うことはめったにないが、かつては腸内にさまざまな吸血寄生虫がいたし、鋭利な刃物で互いを傷つけ合うことも多かっただろう。
もしくは先に述べたように、古い血液には老化促進因子が含まれ、除去することがプラスになる可能性がある。もしそうなら、その因子の候補はいくらでもある。特に興味をそそるのは鉄だ。
献血すると赤血球を大量に失う。赤血球は肺から体全体に酸素を運ぶ細胞で、ヘモグロビンという特殊なタンパク質を使って酸素を運んでいる。ヘモグロビンには鉄の分子が含まれる。実際、赤血球や血液を赤くしているのは鉄なのだ。献血すると赤血球を大量に失い、補充しなければならなくなる。新しい赤血球を作るには細胞内に貯蔵されている鉄を使ってヘモグロビンを作る必要があるので、献血すると体内の鉄分が減るのだ。
さて、鉄を大量に失うことは体に良いこととは思えない。通常、懸念されるのは鉄分の不足だ。しかし、鉄はきわめて悪い場面に登場する。アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、脳の病変部に鉄が異常に多く含まれる。脳の鉄分量が特に多い人はアルツハイマー病の進行が速い。
鉄分量が多くなりやすい人は早死にする傾向にある
同様に、加齢によって血管に蓄積するプラークは鉄を多く含み、心臓発作や脳卒中の原因になる。採血によって鉄分量を下げて発ガンのリスクを低減させたランダム化比較試験さえ存在する。
この試験には1300人の被験者が参加し、二つのグループに分けられた。定期的に採血するグループとそうでないグループだ。試験が終わったとき、採血グループは対照群に比べて、ガンの発生率が35パーセント低かった。また、採血グループでガンになった被験者は生存率が60パーセント高かった。
ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)
遺伝学的研究も鉄代謝と長寿との関連を裏づける。ゲノムワイド関連解析(GWAS)。
GWASは、どの遺伝子変異がどの形質をもたらすかを調べる研究だ。GWASによって、免疫システム、成長、代謝、ゾンビ細胞の生成に影響する変異は老化に関係していることがわかった。また、GWASは鉄に関する真実も明らかにした。遺伝的に鉄分量が多くなりやすい人は、早死にする傾向にあるというのだ。
この発見は実際の血液測定によって裏づけられている。デンマーク人9000人を対象とする研究で、フェリチンと呼ばれるタンパク質を調べた。フェリチンは鉄の貯蔵に関わっており、血清フェリチン濃度が高いほど体内に貯蔵される鉄の量が多い。このデンマークの研究では、フェリチン濃度が高い人ほど早死にするリスクが高いことがわかった。特に、男性の場合はそうだった。
鉄のサプリメントを飲む人は早死にするリスクが高い
だからといって鉄分量が少なければ安全、というわけでもない。特に閉経前の女性は毎月少量の血液を失い、結果として鉄分を失うので、鉄不足は深刻な問題だ。しかし、過剰な鉄が危険であることは健康についてのありがちな考え方の欠陥を露呈する。それは、「多ければ多いほど良い」という考え方だ。
人々はさまざまなサプリメントを摂取するが、それはどの栄養も少し多めに摂っておきたいからだ。マルチビタミンを飲むのもそのためで、自分はきっと栄養不足だからすべて多めに摂っておいたほうがよいと考えるのだ。残念ながら、体はそのようにはできていない。
「アイオワ女性健康研究」と呼ばれる大規模な研究は、このアプローチの欠陥を明らかにした。この研究では、3万9000人の女性を追跡調査し、特に、鉄のサプリメントを飲む人は飲まない人より早死にするリスクが高いことを見出した。むろん、鉄を含むマルチビタミンを飲む人にも同じことが言えた。
人体には余分な鉄を排出するシステムがない
「多ければ多いほど良い」のアプローチがそれほど問題を引き起こさないのは、体がほとんどの栄養素やビタミン類をうまく調節しているからだ。通常、何かを摂り過ぎても体はそれを排出するが、鉄は例外の一つだ。人体には、余分な鉄を排出するシステムがない。
汗や、細胞の死や出血によって多少は失うが、急に鉄が過剰になっても排出する仕組みはないのだ。はるかな過去においては食料が少なく、腸内に吸血寄生虫がいて、出血する頻度が高かったので、鉄が過剰になることはなかったからだろう。
だが、現代は違う。特に男性は、年をとるにつれて鉄を蓄積しやすい。極端な例が遺伝性疾患のヘモクロマトーシスだ。この病気の患者は通常より多くの鉄分を食物から吸収する。早期に発見して治療しなければ、鉄分濃度は非常に高くなる。
その結果、たいていガンや心疾患の合併症で早死にするが、その前に糖尿病、疲労感、関節痛といったあらゆる不調に悩まされる。ただし、瀉血によって鉄分濃度を下げればそうならずにすむ。
「輸血」は若返りに効果的か?
1920年代初頭の旧ソ連、ひとりの科学者が人類の未来に関わる大望を胸にモスクワの街路を歩いていた。
この科学者、アレクサンドル・ボグダーノフは作家で哲学者で内科医でもあり、熱心な共産主義者だった。もっとも、シベリア送りを恐れて共産主義になったのではなく、他の共産主義者が恥じ入るほど共産主義を心の底から信奉していた。
彼は自らの政治理念やSF小説、さらには単細胞生物の研究に触発され、人類は互いに血液を共有すべきだと確信するに到った。理想的な共産主義社会を実現するにはどうしてもそうしなければならない、と考えたのだ。
実を言えば、輸血による若返りも期待していたようだ。行動派のボグダーノフは早々と政府の支援をとりつけ、モスクワに輸血のための研究所を設立すると早速、輸血に取りかかった。もちろん、自分も実験台になった。
当初はすべてが計画どおりに運んだ。彼自身は2年間で10回、輸血を行い、どれも成功したように思えた。「ボグダーノフは実年齢より10歳若返ったように見える」と友人のひとりは手紙に記している。
しかし、そこでボグダーノフの運は尽き、11回目の輸血はひどい失敗に終わった。実際に何が起きたのか正確なところは今もわかっていない。この血液の提供者はマラリアと結核にかかっており、ボグダーノフはその血液に免疫反応を起こした。事実は藪の中だが、政治家同士が斬新かつ独創的な方法で互いを殺し合う国で起きたことで、陰謀であったとしても不思議ではない。
輸血の2週間後、ボグダーノフは腎臓と心臓に合併症を起こし、54歳で亡くなった。
2匹のマウスを縫い合わせる「並体結合パラバイオシス」
最初の輸血実験は1864年に行われた。フランスの科学者ポール・ベールが2匹のマウスを縫い合わせるのは名案だと考えた。実験は成功し、結合されたマウスは循環系が自然に融合して血液を共有するようになった。
この奇妙な現象は並体結合パラバイオシスと呼ばれ、続く数十年間、他の科学者も挑戦するようになった。彼らの実験は臓器移植の成功への道を切り開いた。
若いマウスと縫い合わされた老マウスは若返った
大勢の型破りな人々が並体結合の実験を行ったが、それによって老化と闘おうとする研究が始まったのはベールの実験から1世紀近く過ぎた後のことだった。アメリカの研究者クライヴ・マッケイは先駆けになったひとりで、老いたマウスと若いマウスを縫合し、互いへの影響を調べましたが、実験はうまくいかず、じきに廃れて忘れられた。
しかし、2005年にスタンフォード大学の研究グループがこのアイデアを復活させ、年齢の異なる2匹のマウスを縫い合わせた。その結果、老いたマウスの再生能力は高まり、若返った。
一方、若いマウスは衰弱した。血液を共有することで2匹のマウスは互いの身体の状態に近づいていったのだ。この結果に科学者たちは大いに困惑した。
なぜ血液が再生能力を伝えるのだろうか。中には、若いマウスの幹細胞が老いたマウスの体に入り、そのまま居座ったと考える研究者もいた。そうだとしたら、老いたマウスが急に元気になった理由を説明できそう。
だが、事実は違っていた。再生能力は老いたマウスの幹細胞から生じていた。若い血液が入ることで、どういうわけか古い幹細胞が活性化し、再び若々しく振る舞い始めたらしい。
この効果は血液細胞(血球)とは無関係で、若返りに必要なのは血漿けっしょう(血液から血球を除いたもの)だけだということが複数の研究によって明らかになった。血漿にはあらゆる種類のホルモンや栄養素、それにさまざまなタンパク質が含まれている。
年をとると血漿の組成が変わることはすでに知られていたが、多くの科学者たちはそれを老化の結果と見なしていた。しかし並体結合実験は因果関係が逆であることを示唆した。血漿の変化は老化の結果ではなく老化の原因かもしれない。
このスタンフォード大学の研究グループは、スタートアップ企業として活動を始め、すでにクリニックを開業しようとしている。若返りの過程で何が起きているのかを解明するにはまだまだだが、スタンフォードの並体結合研究をきっかけに、ヒトでも同じように劇的な効果を上げようと狙う野心的なスタートアップ企業が誕生した。
若い血液由来の製剤メーカーであるエレヴィアン(Elevian)は、いつの間にか550万ドル(約6億1,350万円)の投資を集めて誕生した。デス・ディスラプション(死の創造的破壊)を追求するシリコンヴァレーの大物、ピーター・ディアマンディスも投資したひとり。
GDF-11と呼ばれる増殖タンパク質がすべてを解決できる?
細胞の増殖と修復を促す化合物が多い若い血液に比べて、高齢者の血液では組織傷害の兆候が多くみられる。エレヴィアンは若い血液がもつ若返り作用を起こすものとして、血漿タンパク質から増殖分化因子GDF-11を選び出した。
エレヴィアンが一足飛びにクリニックを開業しようとしていることに、専門家からは疑義の声が上がっている。米国立老化研究所の老化生物学部長代理であるロン・コハンスキーは、「いずれGDF-11が期待通りの特効薬になるとはわたしは思いません」。
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