たくさん説があるが、どれも判然としない。
15世紀に執筆された『魔女に与える鉄槌』という論文が、影響していると言われる。
内容は、異端に関する諸説を巧みに組み合わせ、注釈を付けた百科全書的な書物。特徴としては、通常の異端審問とは異なり、黒魔術などの邪術にアクセントを置いたことと、異端や邪悪の根源として女性に的を絞っている。黒魔術と白魔術は概念的なもので善と悪。
1484年12月5日、教皇インノケンティウス8世は魔女狩りを行うことへのお墨付きを与えてほしいと願ったクラーマーに対して回勅「限りなき願いをもって」によって答えた。クラーマーはこの回勅(通称「魔女教書」)を『魔女に与える鉄槌』の序文として転用している。
これによってクラーマーの著作が教皇のお墨付きを得ているかのような印象を与えることに成功したが、本来この回勅は審問官としてのクラーマーとシュプレンガーの役割を認めるだけのものであった。しかし、教皇の回勅が魔女の存在とその弾劾の必要性を認めたことが、血塗られた魔女狩りの時代を開くきっかけとなった。
ヨーロッパ中世末の15世紀には、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な魔女裁判が興った。そして初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。
腐敗したカトリックから、禁欲で清貧なプロテスタントが生まれ、それを権力と体制側のカトリックが広がるのを恐れ、異端審問という形で弾圧・虐殺を行った。その理由付けとして魔女というのが必要だったというところでしょうか。キリスト教内の出来事から、地域的な事情が絡んでエスカレートしていったのかも知れません。
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