グラミー賞日本人で初受賞 素直に喜べない?

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宅見将典氏がグラミー賞「SAKURA」で日本人初快挙 西城秀樹さんの甥で作編曲家。喜ばしいニュースかもしれませんが、あの山口組若頭(No2)、神戸のホテルで一般人も巻き込み暗殺された故・宅見勝・組長の子息になる。西城秀樹さんの姉が、愛人だったと言われます。

宅見の性を名乗っているから、隠す気はないのかもれません。

芸能人にこういったケースがままあります。何度も覚醒剤で逮捕されている田代まさしさんも住吉会の会長だった西口茂男・総裁(2017年死去)の甥と言われます。こちらも超大物ヤクザです。田代さんの母の妹が西口茂男総裁と夫婦関係と言われますから、血縁関係はないようです。

ずいぶん昔のことになりますが、私は川崎区で育ちましたが、家の前に個人のトラック置き場があり、そこで芸能界に入る前、田代まさしさんたちが屯していた。という話を聞いたことがあります。当時の荒くれ者ばかりの川崎で、不良をしているくらいですから・・立ち直ってほしいものです。

ラッパーのZeebraさんも、昭和のフェクサーの一人として名前が上がる「横井英樹」の孫にあたります。ホテルや百貨店の乗っ取り的な買収で成り上がりましたが、ホテルニュージャパン火災でたくさんの死者を出してしまいす。

蝶ネクタイと拡声器の会見では大顰蹙を浴び、違法かつ行きすぎた合理化を画策し、徹底的なまでに改修費用を節減するため、偽物スプリンクラーなどで被害が拡大した。もちろん逮捕され、収監されています。

最後まで所有していたのが、碑文谷にあったダイエーと池上にあったボウリング場トーヨーボウル。半グレ集団、関東連合が事件を起こした場所ですが、彼が亡くなってからのことです。

この人の場合、東急の五島慶太、阪急の小林一三の次の世代、国際興業の小佐野賢治などよりはるかに格下、小悪党です。戦後の混乱と復興、成長を兼ねに執着し続けて、成り上がった人ですから、まだ許容範囲だと思いますが、山口組若頭・宅見勝となると違います。

完全にパブリックエネミーです。

米国では、麻薬の売人やギャングが音楽の世界では、むしろ、もてはやされるようですから問題はないのでしょう。

引用です。

  • 宅見将典氏がグラミー賞「SAKURA」で日本人初快挙 西城秀樹さんの甥で作編曲家

    米音楽界最高の栄誉、第65回グラミー賞の発表・授賞式、ロサンゼルスで開かれ、作編曲家の宅見将典氏(44)=大阪市出身=のアルバム「SAKURA」が最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞を受賞した。

    宅見氏は、歌手の故西城秀樹さん(2018年死去、享年63)のおい。「自分を育ててくれた日本の音楽業界、また迎え入れてくれたアメリカの音楽業界に感謝したい」と喜びを語った。

    宅見氏は受賞スピーチで「何が起きたんだ?これはグラミー賞だ。何も言葉を用意していないので、ただ感謝を伝えたい」と興奮した表情。式後は「こんな名誉な賞をもらえると思っていなかったので人ごとのようだが、ゆっくりかみしめていこうと思っている」と語った。

    最優秀グローバル・ミュージック・アルバム賞は、西洋圏以外の古典音楽や英米を除く伝統的な民俗音楽など、世界の優れた作品に贈られる。日本人の受賞は初だ。

    「マサ・タクミ」名義で発表した受賞作「SAKURA」は、日本の伝統楽器の箏(そう)や三味線を中心に二胡なども取りいれ、米国流の現代的な編曲と組み合わせて桜の花の美しさやはかなさを表現した。  

    宅見氏の音楽のルーツは、母の弟の西城さんだ。自身が生まれた時にはすでにスターだった叔父は、幼い頃からかわいがってくれた存在。中学生でドラムを始め、14歳で西城さんのコンサートに出演。

    宅見氏は、自身のブログで高校時代に初めて作曲した曲を西城さんに聴いてもらった時のエピソードを「とてもビックリしてうれしそうに褒めてくれて、それがとても自信になって、いろんな曲を作れるようになった」と振り返っている。  

    20代からは、ギタリストとして西城さんのバンドに参加。日本のほか、米国、韓国、オーストラリア、ブラジルと回り、世界の音楽に触れた。西城さんが死去した際には「あなたの歌で育ち、あなたの音楽に魅了され、あなたのおかげで、僕はまだまだだけど、なんとか音楽家になれました」と思いをつづっていた。  

    昨年10月、西城さんが生前レコーディングしていた宅見氏作曲の未発表曲「終わらない夜」を発売。宅見氏と西城さんの映像を融合させた「西城秀樹コンサート2022 THE50」も開催した。  

    受賞の快挙は西城さんの家族にも伝わり、祝福を受けている。宅見氏は10日に帰国予定。世界で花を咲かせたおいに、西城さんは天国で“ヒデキ、感激”と目を細めているに違いない。  

    宅見将典(たくみ・まさのり)1978年11月14日生まれ、大阪市出身の44歳。13歳の時にX JAPANのYOSHIKIに影響を受けバンドを組み作曲を始める。00年、ロックバンド「siren」でメジャーデビュー。作編曲家として国内外のアーティストに楽曲提供。13年には韓国女性グループ「KARA」の「サンキュー サマーラブ」がヒット

 

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