ブラックスワン理論 ナシーム・ニコラス・タレブ

人物

「私たちは自分で思っているほど、実際には物事をよく分かっていない」

めったに発生しない、予期せぬ破壊的イベントを「ブラック・スワン」と。リーマンショックを予測した実務経験豊かな研究者。

ナシム・ニコラス・タレブ( 1960年 – )数学者、随筆家、認識論者、リスク管理の研究者・専門家、哲学者であり、かつては金融トレーダーだった。ニューヨークのウォール街でデリバティブトレーダーとして長年働き、その後リスク管理と認識論の研究者となった。主に、理解していない世界でどのように暮らし行動すべきか、偶然性と未知のことにどのように真剣に取り組むか、などを研究しており、予期しない稀な現象に関するブラック・スワン理論などを提唱している。また、2008年に始まった金融危機の後でブラック・スワン・ロバスト・ソサイエティを立ち上げ、活動している。

天下の変わり者として知られ、incerto(インケルトー)と呼ばれる5冊の不確実性に関するエッセイの作者である。その中で最も有名な本が『ブラック・スワン』である。5冊のエッセイはそれぞれ『まぐれ』『ブラック・スワン』『プロクルステスのベッド』『反脆弱性』『身銭を切れ』であり、その執筆スタイルは、非常に特殊で、しばしば自伝的な口語調のフィクションや哲学的物語に歴史的または科学的注釈を加えたものである。『ブラック・スワン』は、イギリスの『The Sunday Times』誌の『戦後最も大きな影響を与えた12冊』に選ばれた。

2004年にフルタイムの研究者となり、大学教授および作家を仕事としている。ニューヨーク大学工学部タンドン校(英語版)で、リスク工学の教授を務めている。また、ロンドン・ビジネス・スクールでは、客員教授を務めている。以前には、マサチューセッツ大学アマースト校で教授(不確かさの科学)、ニューヨーク大学で助教授(数学)、ウォートン・スクール金融研究センターの職員なども務めた。

無作為性の研究と理論
タレブは自身を「懐疑的経験主義者」と称している。他の懐疑主義者とは異なり、「経験的観測からは稀な事象が必ず発生する確率を計算することはできない」という点に関心が向けられており(黒鳥理論)、科学的知識が有用であることは認めている。人間は不都合な結果を考えず、物事にだまされやすいと主張する「凡庸派」。

タレブの経験主義は、データから一般化することに抵抗することと、観測するときに一般原則だけから考えていると隠れた属性を見逃すかもしれないということを示唆している。彼は、科学者も経済学者も歴史学者も政治家もビジネスマンも資本家も、「パターン」という幻想でしかないものの犠牲者だと信じている。そういう人々は、過去のデータを合理的に説明することの価値を過大評価してしまい、データの中にある「説明できない無作為さ」の影響を軽く見る傾向がある。

タレブは「黒鳥堅牢性」というコンセプトを中心とした社会構築を主張する。それは、特に彼が「過激派」と呼ぶ種類の事象について、複雑系の低い予測可能性と関連した相互依存の影響を低減させる、というものである。

ソクラテス、セクストス・エンペイリコス、ガザーリー、ピエール・ベール、ミシェル・ド・モンテーニュ、デイヴィッド・ヒューム、カール・ポパーと続く懐疑主義者の長い系譜を踏まえて、我々は自分で思っているほど物事を知らず、未来を予測するために、むやみに過去を使うべきでないとした。さらに、「不完全な理解と不完全な情報の下での行動をどうすべきか」という意思決定フレームワークを生み出した。

その後、無作為性の哲学や、科学や社会での不確かさの役割を研究するようになり、好ましいかどうかに関わらず、特に重大な影響を及ぼす無作為な事象を主題としている。これをブラック・スワン と呼び、歴史の流れを決定付けているとする。

多くの人々がブラックスワン (黒い白鳥) を無視していると考えている。すなわち、人間は、世界が何らかの構造を持ち、普通で、理解可能なものだと見るような傾向があるという。タレブは、これをプラトン的誤りと称し、その結果、次の3つの歪みが生じるとしている。

物語の誤り: 後付けでストーリーを構築し、事象に特定可能な原因があると思い込む。
滑稽な誤り: 実世界に見られる構造を持たない無作為性がゲームなどに見られる構造化された無作為性に似ていると思ってしまう。タレブは、ランダムウォークモデルやそれに関連する確率論に批判的である。

統計的回帰の誤り: 確率の構造は、一群のデータから導出できると思い込む。また、人間の行動原理には不透明さの3つ組があるという。

  • 現在の事象を理解しているという幻想

    歴史的事象への遡及的歪み

    実際の情報の過大評価と、それに関連した知識人の過大評価

大学は知識を創造することよりも、広報や資金集めが得意だと考えている。知識や技術を生み出すのは、彼が確率的ないじくり回しと呼ぶものがであって、トップダウンの研究が生み出すことはないと主張する。

タレブは、社会科学の一般理論に反対している。彼は、実験や事実の収集は支持するが、データの裏づけがない机上の理論を利用することに反対している。彼の研究自体は、厳密に技術的であり、定量的分析も定性的論証も行っている。

タレブは、自身の考え方を「理論」と呼ばれることを好まない。彼は、汎用的理論やトップダウンの考え方に反対している。そのため、ブラックスワンのことを「理論」だと言ったことは一度もない。そのため「ブラックスワン理論」という言い回しではタレブにとっては矛盾してしまう。2007年の著書『ブラック・スワン』では、「反理論」または「ブラックスワンのアイデア」と呼んでいる。

経済理論にまつわる学術的雰囲気も好まない。彼は「The pseudo-science hurting markets」という記事の中で、経済理論から受ける損害は破壊的であるとして、ノーベル経済学賞の廃止を主張している。

滑稽な誤り
タレブは著書『ブラック・スワン』の中で「滑稽な誤り」ついて、次のように書いている。

『我々は、有形なもの、確認できるもの、触れるもの、具体的なもの、見えるもの、既知のもの、明らかなもの、社会的なもの、埋め込まれたもの、感情を込めたもの、目立つもの、紋切り型なもの、動くもの、芝居じみたもの、化粧、公式なもの、学者風の用語 (b******t)、尊大な経済学者、数学化されたゴミ、飾ったもの、アカデミー・フランセーズ、ハーバード・ビジネス・スクール、ノーベル賞、黒いビジネススーツと白いシャツとフェラガモのネクタイ、進展する会話、けばけばしいもの、といったものを好む。とりわけ、我々は物語られたことを好む。』

『我々―現在の人類―は、抽象的なことを理解する力に欠ける。我々には、文脈が必要である。無作為性と不確かさは、抽象概念である。我々は、起きたことを尊重し、起きたかもしれないことは無視する。言い換えれば、我々は、浅く表面的であることが自然であり、本質を知らない。これは、心理学的問題ではない。これは、情報の主たる属性に起因している。月の陰の部分は、見えにくく、そこを照らそうとすると、エネルギーを必要とする。同様に、見えない部分に光を当てようとすることは、概念的にも精神的にも、エネルギーを要する。』

『グローバリゼーションによって、不安定性が低減され、安定性が増したものの、相互に連動した脆さが生まれた。言い換えれば、それは、破壊的なブラックスワンを生み出す。我々は、かつてないような世界的崩壊に直面している。金融機関は、より少数の極めて大型の銀行へと統合していった。ほとんど全ての銀行が、相互に関係している。

金融業界のエコロジーは、巨大化し、相互に連携し、官僚的な銀行で占められ、ひとつの銀行が失敗したら、全てが巻き込まれる。銀行の統合は、金融危機を発生しにくくする効果があると見られているが、一旦危機が発生したら、その影響はより大きくなり、我々に跳ね返ってくる。我々は、さまざまな貸し出し方針の小さい銀行群のエコロジーから、それぞれが相互に似ている均質なフレームワークへと移行した。今のところ大きな失敗はないが、もしそれが起きたら…私は恐ろしくて震えが止まらない。』

『政府が出資する金融機関ファニー・メイの抱えるリスクを見たところ、ダイナマイトの上に座っているようなもので、ちょっとしたしゃっくりでも危険である。しかし、心配には及ばない。ファニー・メイが抱える多数の科学者スタッフが、そんなことは起きないと考えているからである。』

2007年から2008年の金融危機での成功
タレブは、2007年からの世界金融危機の間に数百万ドルの利益を上げ、2008年には統計学者らに一矢報いた。タレブは、この金融危機は、金融における統計的手法の間違いから来ているとしている。タレブがアドバイザーを務める Universa では、約20億ドルの“Black Swan Protection Protocol”で、2008年10月に65%から115%の利益があったという。

以前から金融危機を警告していたことに加えて、金融危機で金銭的に成功したことで、世間からの注目を集めた。多数の雑誌の表紙を飾り、テレビ番組への出演も増えた。タレブは、2009年のダボス会議で、銀行家に厳しい言葉を浴びせ、一種のスターとして扱われた。

『タイムズ』誌の Bryan Appleyard の記事では、タレブを「今世界で最も熱い思想家」としている。ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンは、「タレブは、人々―特に金融業界の人々―が不確かさについて考える方法を変えた。彼の著書『ブラック・スワン』は、人間が予期しない事象を捉える方法を独創的かつ大胆に分析している」と述べている。

パンデミックに対する警告、2020年の新型コロナウイルスの拡散開始時期における提言
タレブは著書『強さと脆さ』の中などでたびたびパンデミックに対する警告を発してきた。たとえば次のように書いていた。

私はグローバリゼーションを止めろ、旅行を禁止しろなんて言ってない。副作用やトレードオフにも注意しないといけないと言っているだけだ。でも、そういうことさえ気を配る人はほとんどいない。とても奇怪で強烈なウイルスがこの惑星全体に蔓延する、そんなリスクを私は感じる。

悪い黒い白鳥が生まれることが多い一方、よい黒い白鳥は生まれない環境(負の歪度を持つ環境と呼ぶ)では、確率の小さい事象が起こす問題はいっそうひどくなる。なぜか?明らかに、破滅的な事象は必然的にデータから欠落している。変数が生き延びて続いているということ自体が、これまでそういう事象が起きていないことを示している。だからそういう分布を観察していると、安定性を過大評価し、ありうるボラティリティやリスクを過小評価しがちになる。

この点、物事一般にはバイアスがかかっていて、過去を振り返れば安定していてリスクは低いように見え、おかげで私たちはいつかびっくりすることになる——は、医療の分野ではとくに肝に銘じておくべきだ。疫病の歴史はあまり研究されていないが、この星を揺るがすような大流行が起こるリスクを示唆する要素は見られない。

中国で新型コロナウイルスが感染拡大し欧米でも感染者が出始める中、2020年1月26日、タレブはニューイングランド複雑系研究所の研究員であるジョゼフ・ノーマン、同研究所のプレジデントであるヤニア・バーヤムとともに、この感染拡大に対し各国が取るべきいくつかの原則に関する論文を発表した。

リーマンショックを予言したとして話題になった経済書です。著作者は認識論についての著名な研究者です。人間が滅多に起こらない不確かなものごとを無視してしまう傾向があります。リスクや不確かなものごとを定量化・一般化してしまうことがいかに馬鹿馬鹿しいしいことかを一貫して主張しています。

人は年齢を重ねるほど、自分の経験を一般化してしまう。PayPal創始者のピーター・ティール氏が推薦している、ベストラ-です。

 

ブラック・スワン

 

ブラック・スワン理論(black swan theory)

「ありえなくて起こりえない」と思われていたことが急に生じた場合、「予測できない」、「非常に強い衝撃を与える」という理論。とりわけ予測・想像していた事態よりも大きな衝撃が起きることに使われ、金融危機と自然災害をよく表している。

ヨーロッパでは白鳥は白い鳥だけと思われていたが、1697年にオーストラリアで黒い白鳥(コクチョウ:ブラック・スワン)が発見される。以来、ありえなくて起こりえないことを述べる場合、“ブラックスワン”という言葉を使うようになった。

テレビの討論でめちゃめちゃ起こっているナシーム・ニコラス・タレブ

 

投資家の「ディズニーランド」終わったと警告

「ディズニーランドは終わり、子供は学校に戻る」とタレブ氏は2023年1月30日、自身が助言するヘッジファンド会社ユニバーサ・インベストメンツなどがマイアミで開いたイベントで「過去15年のようにスムーズには行かなくなるだろう」と続けた。

超低金利時代が巨大な資産バブルをつくり出し、不平等を加速させたとタレブ氏は主張。米金融当局が以前のような水準に金利を引き上げる一方で、投資家は高金利の世界に戻る用意がほとんど整っていないとの見解を示した。

金融危機で緩和マネーがあふれたため、過去15年で投資家はキャッシュフローの重要性を忘れたと論じ、仮想通貨は低金利時代が続いた市場の甘さを表していると指摘。「この数年、資産は恐ろしく膨張した。腫瘍のようにだ。この表現が最も適していると思う」と語った。

タレブ氏によると、低金利下で膨らんだ「腫瘍」はビットコインから不動産価格に至るまであちこちで見受けられる。そのような「幻想の富」は推計5000億ドル(約65兆円)余りに上るという。

新たな金融環境で苦しむであろう現金燃焼企業の例として、ツイッターに言及。イーロン・マスク氏を名指しすることはなかったものの、ツイッター買収者はキャッシュフローについて厳しい洗礼を受けている「素晴らしい金融マインド」の持ち主だと皮肉った。

タレブ氏に師事するユニバーサのマーク・スピッツナーゲル最高投資責任者(CIO)は先に、債務の膨張ぶりを考慮すれば、市場は1930年代の大恐慌にも匹敵するような「一触即発の時限爆弾」を抱えていると述べていた。

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